2026 年 9 月 14 日、McKinsey と Harvard Business Review が同じ日に、AI エージェントの導入をめぐる同じ弱点を指摘した。企業の AI 支出は今年およそ倍増して売上比 0.8% から約 1.7% になる見込みだが、売上とコストの両面で効果を報告した CEO は 12% にとどまり、組織の 60% は全社的な EBIT への影響をまだ確認できていない。台数を増やすことと成果が出ることは、別の話になっている。
何が起きたか
McKinsey が公開した「Stacking the odds」は、多くの企業がその下にある業務を作り直すよりも速く AI エージェントを拡大している、と指摘する。報告はこの状態を、学習しながら飛ぶシステムに操縦を委ねつつ飛行中にジェットエンジンを組み直すようなものだ、と表現している。そのうえで、期待は「AI が動くことの証明」から「規模で測定可能な価値を出すことの証明」へ移った、と整理する。試すこと自体が成果と見なされる時期は終わった、という宣告に近い。
同じ日、Harvard Business Review は Masha Shunko と Serguei Netessine の寄稿で、より直接的な処方を出した。投資は急増しているのに企業としてのリターンが見えにくいのは、個々のタスクを自動化するばかりで、事業価値を生むワークフローそのものを設計し直していないからだ、という診断である。AI 支出が売上比 0.8% から約 1.7% へ、CEO の 12%、組織の 60% という数字は、いずれもこの記事が並べたものだ。
そして SaaStr が、実際に運用している側からの内訳を出した。同社は本番環境で 21 体の AI エージェントを動かしており、それらは数百万ドル規模の売上を成約させたという。インバウンド用のエージェントは 442,000 件のチャットを処理して 614 件の商談化につなげ、AI の SDR 層は月におよそ 3,200 通のメールを送っている。同じ規模の優秀な人間の SDR が送っていたのは 75 通から 285 通だった。
置き換わった工程と、残った工程
SaaStr の記事が価値を持つのは、成功例の列挙で終わっていないからだ。同社は、自社で導入したものも自社の壇上で実演を見たものも含め、どの製品もまだ自力で実際の商談を成約させることはできていない、と書いている。反復と量で決まる工程は置き換わり、判断・交渉の権限・社内政治の読みが要る工程は残った。その線引きが、運用実績とともに示されている。
この線引きは、人員の動き方にも同じ形で現れている。SaaStr が引く調査では、SDR・BDR の人員を減らした企業が 36% で営業機能のなかで最も高く、一方でセールスエンジニアを減らしたのは 14%、AE を増やしたのは 28% だった。減ったのは「量をこなす層」で、増えたのは「判断する層」である。エージェントが人を一律に減らすという理解は、この数字と合わない。
経営層への影響 — 日本企業にとっての読み方
三つの記事を重ねると、失敗の形がはっきりする。既存の業務手順をそのまま残したまま、そこにエージェントを差し込むと、上流で余計な仕事が増え、下流で人が詰まる。SaaStr の例で言えば、月 3,200 通を送れるようになったこと自体は成果ではない。その先で 614 件の商談を捌ける体制があり、成約は人が担うと最初から決めてあったから成果になった。工程の再設計とは、要するにこの「誰がどこで受けるか」を組み替えることである。
日本企業で起きやすいのは、決裁と稟議を触らないまま、書類作成だけを速くしてしまう型だ。稟議書が数分で書けるようになっても、回覧に何日もかかるなら、決裁までのリードタイムはほとんど変わらない。それでも「AI を入れた」という報告は上がる。McKinsey が言う「下の業務を作り直すより速くエージェントが増える」状態は、日本の文脈ではこう見える。
もう一つ、導入の数え方の問題がある。エージェントの本数、対応部署の数、月間の処理件数は、どれも増やすのが簡単で、増えても EBIT には表れない。組織の 60% が全社的な影響を確認できていないという数字は、測る対象を間違えていることの表れでもある。見るべきは、その工程の処理時間、差し戻しの率、そして人の配置がどう変わったかだ。
SYNCON の視点 — 数えるなら本数ではなく、作り直した工程
エージェントを増やすのは、予算さえあれば今日からできる。作り直せるのは、その工程を実際に回している人が「この手順はもう要らない」と言えたときだけだ。そして、その判断は現場からは出にくい。手順を減らすことは、その手順を守ってきた人の仕事を減らすことでもあるからだ。だからこれは技術の問題ではなく、権限の問題になる。経営が「この承認は外す」「この帳票は作らない」と決めない限り、業務設計は変わらないまま、エージェントの数だけが増えていく。
SaaStr が示した線引きは、そのまま点検の型として使える。量で決まる工程は渡す。判断と交渉が要る工程は人に残す。そして渡した工程の下流で、人が受け止められる量になっているかを確かめる。この三つを満たしていない導入は、どれだけ本数を増やしても数字にならない。来週の経営会議で問うべきは「AI エージェントを何体入れたか」ではなく、「この半年で、どの承認を一つ廃止し、どの帳票を一つ止めたか」ではないか。
要点まとめ
- McKinsey は、多くの企業が下にある業務を作り直すよりも速く AI エージェントを拡大していると指摘した
- HBR は、AI 支出が売上比 0.8% から約 1.7% へ倍増する一方、両面で効果を報告した CEO は 12%、組織の 60% は全社 EBIT への影響を確認できていないとした
- SaaStr は 21 体を本番運用し、442,000 件のチャットを 614 件の商談に変え、AI の SDR 層は月 3,200 通を送っている
- それでも、自力で実際の商談を成約できる製品はまだ無い、というのが運用側の結論である
- 調査では SDR・BDR を減らした企業が 36%、セールスエンジニアを減らしたのは 14%、AE を増やしたのは 28% と、減ったのは量をこなす層だった
- 点検すべきは導入本数ではなく、処理時間・差し戻し率・人の配置、そして廃止できた承認と帳票の数である
情報ソース:
・SaaStr「We Run 21 AI Agents and They’ve Closed Millions. But There Still Isn’t a Good AI Account Executive. Yet」(2026 年 9 月 14 日)https://www.saastr.com/we-run-21-ai-agents-and-theyve-closed-millions-but-there-still-isnt-a-good-ai-account-executive-yet/
・Harvard Business Review「Stop Automating Old Processes. Design New Ones Instead.」(2026 年 9 月 14 日)https://hbr.org/2026/09/stop-automating-old-processes-design-new-ones-instead
・OODAloop(McKinsey「Stacking the odds: A blueprint for successfully scaling agentic AI」の紹介)(2026 年 9 月 14 日)https://oodaloop.com/briefs/technology/stacking-the-odds-a-blueprint-for-successfully-scaling-agentic-ai/
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