X で話題になっていた投稿を、SYNCON 編集部が深掘りします。ベンチャー投資の Coalis でゼネラルパートナーを務める久保田雅也氏(@kubotamas)が、AI 時代の業務ソフトについて、残る強みと利益の行き先を整理しました。毎月払っている業務ソフトの料金は何への対価なのかを、考え直す材料になります。
30 秒でわかるポイント
- 久保田氏は、月額で使う業務ソフト(SaaS)に残る強みを、独自のデータや業務への深い組み込みなど 5 つに整理した
- 議論の出発点は、投資家の Chamath Palihapitiya 氏が 10 月 10 日公開の番組で語った「AI でソフトの知的財産の価値は大きく下がった」という趣旨の主張
- 背景に、開発者が AI で Adobe 製品の代替 7 本を作り、無料で公開した出来事がある。ただし本人が「ごく初期の試作」と呼ぶ段階
1 分でわかる解説
久保田氏の投稿の芯は、最後の一文にあります。「AI でソフトウェアの利用量が増えても、ソフトウェア企業の利益が増えるとは限らない」。使われる量と、もうけを分けて考える視点です。
| 中身 | 契約する側から見ると | |
|---|---|---|
| 残りやすい強み | 独自のデータ、顧客基盤、セキュリティと法令対応、業務への組み込み、乗り換えの手間 | 簡単には替えられない部分 |
| 揺らぎやすい前提 | 「作るのが大変だから高い」という値付け | 値段を見直す余地がある部分 |
AI がソフトを作る手間を下げると、似た機能の製品は増えます。そのとき値段を支えるのは、たまったデータと業務へのなじみ方だ、という読み方ができます。
ここから考えたい 3 つの問い
- いま使っている業務ソフトの価値は、画面や機能にありますか? それとも、たまったデータにありますか?
- そのソフトをやめるとしたら、いちばん困るのは何ですか?
- 利用者の人数で決まる料金は、AI が代わりに操作する時代にも合っていますか?
全文を読む(約 6 分)
久保田氏の投稿は、何を整理したの?
久保田氏は、DeNA とビットバンクの社外取締役も務める投資家です。シリコンバレーの技術の動きを、日本語で発信しています。今回の投稿は、投資家向けに AI 市場を解説する媒体 Milk Road AI の長い英文を引用し、論点を 2 つの箇条書きにまとめたものです。
1 つ目は、月額で使う業務ソフト(SaaS)に残る強みです。独自のデータ、顧客基盤とネットワーク効果、セキュリティと法令対応、既存業務への深い組み込み、高い乗り換えの手間(スイッチングコスト)の 5 つを挙げました。
2 つ目は、AI が広まったときの恩恵の行き先です。AI の計算に使う半導体(GPU)、AI 向けの高速メモリー(HBM)、ネットワーク機器、データセンター、電力インフラが並びます。ソフトの会社よりも、こちらに恩恵が向かうという見立てです。
この投稿の良さは、「残るもの」と「利益の行き先」を分けて並べたことです。ソフトは無くならない。しかし、もうかるとは限らない。この 2 つを同時に言い切ったことで、議論の見通しがよくなりました。
なお、Milk Road AI の原文が挙げた強みは 4 つで、ネットワーク効果と乗り換えの手間は久保田氏が補ったものです。
「ソフトの知的財産は価値を失う」という主張は、どこから来たの?
Milk Road AI が取り上げたのは、投資家の Chamath Palihapitiya 氏の発言です。同氏は、10 月 10 日公開の番組「All-In Podcast」に出演しました。番組の内容をまとめた記事によると、AI によってソフトの知的財産の価値は大きく下がった、という趣旨を語っています。
その例として挙がったのが、Adobe 製品の代替が無料で公開された出来事です。開発者の Brandon Thomas 氏が、Anthropic の AI「Claude Opus 5.5」を使って 7 本のソフトを作りました。Photoshop、Illustrator、Premiere などに対応するものです。プログラムを誰でも使える形(オープンソース)で公開したと、10 月 7 日に報じられています。
ただし、Thomas 氏自身がこれを「ごく初期の試作」と呼んでいます。利用者からは、足りない機能や不具合が指摘されています。Adobe と同じものができた、という段階ではありません。
Milk Road AI 自身も、Chamath 氏に全面的には同意していません。知的財産が急に無価値になったとは思わない、という立場です。そのうえで、簡単にまねできる製品の値段には強い圧力がかかりうる、と述べています。久保田氏が日本語にまとめたのは、この部分です。
画面を通らないソフトが増えると、料金はどうなるの?
もう 1 つの論点が、画面なしで使えるソフト(ヘッドレス)です。自分で手順を進める AI(AI エージェント)が、人の操作画面を通らずにソフトを直接使う形を指します。
実例が Salesforce です。同社は 2026 年 4 月 15 日に「Headless 360」を発表しました。発表の題名には「ブラウザーは不要」という言葉が入っています。
中身は、自社の機能を AI から呼び出せる形で公開する取り組みです。ソフト同士をつなぐ窓口(API)や、外部のツールを AI につなぐ共通規格(MCP)の道具として使えるようにします。公式の発表では、60 以上の MCP ツールを新たに用意したとしています。
Milk Road AI は、ここから料金の話に進みます。同じ仕事を、より少ない利用者数の契約でこなせるようになったらどうなるか。月額課金の仕組みには大きな問題になる、という指摘です。これは見立てであり、Salesforce の実績を示す数字ではありません。
一方で Milk Road AI は、AI エージェントが動くたびに計算の資源が要るとも書いています。GPU、メモリー、データセンター、電力の需要が増えるという見方です。同媒体は、AI のインフラに強気の立場を取っています。
日本の業務ソフトでは、何が起きているの?
日本でも、同じ方向の動きがあります。会計ソフトの freee は 2026 年 3 月に、「freee-mcp」をオープンソースで公開しました。AI エージェントから、同社のサービスを直接操作するための道具です。
対応する範囲は、会計、人事労務、請求書、工数管理、販売、電子契約などに広がっています。8 月 28 日の発表では、法人税の申告と固定資産の製品も加わりました。外部に公開している API は 485 件になったとしています。
ここには、久保田氏の整理と重なる構図があります。画面の操作は AI に任せられても、帳簿や給与のデータはサービスの中に残ります。強みが「画面」から「データと業務への組み込み」へ移っていく様子が、国内の製品からも読み取れます。
SYNCON の視点 — 日本の非エンジニア経営層は何を盗むべきか
盗むべき 1 つ目は、契約の見方です。業務ソフトの料金を「機能の代金」とだけ見ていると、値段が妥当かを判断できません。更新の前に、そのソフトの価値を久保田氏の 5 つに当てはめてみます。どれにも当てはまらないソフトは、安い代替を探す候補になります。
2 つ目は、月曜にできる確認です。利用者の人数で料金が決まる契約を、一覧にします。そのうえで担当者に「AI から直接使える窓口はありますか?」「料金の決まり方は変わる予定ですか?」と尋ねます。代替がまだ試作の段階でも、選択肢を知っていれば交渉の材料は増えます。逆に、データがたまり業務に深く組み込まれたソフトは、簡単には替えられません。そこで確かめたいのは値段よりも、自社のデータを持ち出せるかどうかです。
要点まとめ
- 久保田雅也氏は、既存の業務ソフトに残る強みを 5 つに整理し、AI の恩恵は半導体や電力などのインフラに向かうという見立てを紹介した
- 投稿の芯は「利用量が増えても、ソフト企業の利益が増えるとは限らない」という一文。使われる量と、もうけを分けて考える
- 出発点は Chamath Palihapitiya 氏の主張。背景に、AI で作られた Adobe 製品の代替 7 本の無料公開がある。ただし、ごく初期の試作の段階
- Salesforce は 2026 年 4 月 15 日に Headless 360 を発表し、60 以上の MCP ツールを用意した。画面を通らない使い方が広がっている
- 日本でも freee が freee-mcp を公開し、外部に公開している API は 485 件になった
- 契約の更新では、機能の数ではなく、データと業務への組み込みに価値があるかを見る
情報ソース:
・Dr Wilson Wang「Dr Wil’s Ruminations – October 10, 2026 All-In Podcast」(2026 年 10 月 10 日)
・Crypto Briefing「Developer builds free Adobe Creative Cloud alternatives using Claude Opus 5.5」(2026 年 10 月 7 日)
・Salesforce「Introducing Salesforce Headless 360. No Browser Required.」(2026 年 4 月 15 日)
・freee 株式会社「freee、『freee申告 法人税』と『freee固定資産』のPublic API一般公開とMCPサーバー『freee-mcp』に対応」(2026 年 8 月 28 日)
・Milk Road AI(@MilkRoadAI)の X 投稿(2026 年 10 月 11 日、日本時間)
・元投稿:久保田雅也氏(@kubotamas)、2026 年 10 月 11 日(日本時間)
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