X で反響を集めた投稿を、SYNCON 編集部が一次ソースまで戻って深掘りする。PdM で一級建築士でもあり、Windows 上で AI エージェントを動かす手順を発信しているそら氏(@sora_biz)が、リコージャパンの新製品を取り上げて「これ、興味深いなー」と書いた。デスクサイドに置く小さな AI サーバーに、オープンソースの AI エージェントがそのまま載って出荷される、という話である。技術者向けのニュースに見えるが、経営層にとっての論点は別のところにある。AI の費用を「使うほど増えるもの」として持ち続けるのか、それとも買い切りの設備として持つのか、という選択肢の話だ。
3 行まとめ
- リコージャパンが 2026 年 9 月 10 日、「RICOH オンプレLLMスターターキット」エッジモデルに、Nous Research が開発したオープンソースの自己改善型 AI エージェント「Hermes Agent」を搭載して提供開始した
- ハードウェアは 128GB のメモリを積んだ超小型サーバー「Dell Pro Max with GB10」。ここにリコー製 LLM、生成AIアプリ開発プラットフォーム「Dify」、Hermes Agent がプリインストールされる
- 役割分担は「Dify が定型業務、Hermes Agent が個別判断を伴う非定型業務」。オンプレなので、トークン数に応じた従量課金が発生しない
エージェントは「何回まわせるか」で成果が決まる
そら氏が投稿でいちばん強く指摘したのは、コストの構造だった。AI エージェントは、自律的に考えて試し、失敗したらやり直す、というループを回す。そのループを回した回数だけトークンを消費する。クラウドの API を従量課金で使っていると、エージェントに粘らせるほど請求書が伸びていく。
ここが、生成 AI の第一世代と第二世代の決定的な違いである。チャットで一問一答していた頃は、社員一人あたりの利用回数はおおよそ読めた。ところがエージェントは、一つの仕事を片付けるために裏で何十回もモデルを呼ぶ。人間の側からは「一つ頼んだ」だけなのに、課金メーターの回り方が読めない。導入した企業の現場で何が起きるかというと、担当者が遠慮を始める。「この程度のことで回すのはもったいない」と、AI に粘らせずに自分で手を動かしてしまう。投資した分だけ使われない、という最も残念な結末になる。
なお「コスト予測の難しさが企業導入の壁になっている」という部分は、そら氏の見立てであって、それを裏づける統計を SYNCON では確認できていない。ただ、リコージャパン自身がリリースで「クラウドサービスのようなトークン数に応じた従量課金が発生せず」「コストを気にすることなく AI」と書いている以上、売る側も同じ壁を見ているのは確かだろう。
定型は Dify、非定型は Hermes。この線引きが実務に効く
製品の構成で目を引くのは、二種類の AI を役割で分けている点である。あらかじめ手順が決まっている定型業務は Dify で組んだワークフローに流す。一方、調査・分析や意思決定支援のように、その都度の判断が要る非定型業務は Hermes Agent に任せる。
Hermes Agent は Nous Research が MIT ライセンスで公開しているオープンソースのエージェントで、40 を超えるツールを内蔵し、永続的なメモリを持つ。特徴的なのは、複雑な仕事をこなしたあとに、その手順を自分で「スキル」として書き起こして蓄えることだ。同じ種類の仕事が二度目に来たときには、前回のやり方を引いてくる。使うほど手順が溜まっていく仕組みなので、従量課金を気にせず回せる環境との相性がいい。
この線引きは、経営層にとって説明しやすい。稟議で「AI を入れます」と言われても判断に困るが、「決まった手順の仕事はワークフロー、判断が要る仕事はエージェント、どちらも社内のサーバーの中で動く」と言われれば、どこにリスクがあってどこに効果があるかの見当がつく。
この製品が「テスト導入向けの最小構成」に入ったことの意味
元の投稿は触れていないが、背景を押さえておくと話の輪郭がはっきりする。RICOH オンプレLLMスターターキットは 2026 年 9 月に突然出てきた製品ではない。リコージャパンが 2025 年 4 月 7 日に発売したもので、当初から日英中の 3 言語に対応する 700 億パラメータのリコー製 LLM と Dify をオンプレミスの GPU サーバーにプリインストールし、導入から運用までを伴走支援する形をとっていた。狙いは金融、医療・ヘルスケア、エネルギー、製造業といった、機密情報を外に出せない部門である。
その後の歩みも早い。2026 年 1 月 5 日には 2025 年日経優秀製品・サービス賞の最優秀賞受賞が発表され、2 月 16 日にはダイフクのクリーンルーム事業部への導入事例が公表された。同社が挙げた導入理由は、機密性の高い顧客情報を扱うためにセキュリティとガバナンスの課題があった、というものだった。
そして今回 Hermes Agent が載ったのは、ラインナップの中でいちばん小さい「エッジモデル」である。リコーの製品ページによれば、サーバーの構成は 1 人からのテスト導入向けのエッジモデル、10 人までのグループ向けのエントリーモデル、100 人までの部門向けのスタンダードモデル、全社規模のハイエンドモデルという段階になっている。最先端のオープンソースエージェントが、全社導入の上位機ではなく、まず試す人のための最小構成に入った。ここは読み落としたくない点である。
机の上の箱が、どこまでやれるのか
ハードウェアの実物像も押さえておきたい。Dell Pro Max with GB10 は 150mm 角ほどの筐体で重さ 1.2kg、128GB のユニファイドメモリを積み、Dell の説明では 2,000 億パラメータのモデルをまるごとメモリに載せて扱えるとされる。データセンターに行かなくても、机の脇にこれが一台あれば動く、という世界になった。
ただし、従量課金が消えることと、費用が消えることは違う。ハードウェアの購入費、設置と電力、モデルやエージェントの更新に対応する人手は残る。オープンソースを製品に組み込んだ場合、脆弱性が見つかったときの保守を誰が持つのかという責任分界も、契約時に詰めるべき論点として残る。「従量課金がない」はリコー側の訴求であって、総保有コストがゼロに近づくという意味ではない。
SYNCON の視点 — 日本の非エンジニア経営層は何を盗むべきか
この話から持ち帰るべきは、リコーの製品名ではない。「自社の AI 利用は、回数を気にする設計になっていないか」という問いのほうである。もし現場が「API 代がかかるから、AI に何度もやり直させるのはやめておこう」と判断しているなら、投資の効果は構造的に頭打ちになる。エージェントの成果は試行回数に比例するのに、その試行回数を課金が抑え込んでいるからだ。これは担当者の意識の問題ではなく、契約形態が生んでいる行動である。
やるべきことは、まず自社の生成 AI 費用を「誰が何回使ったか」まで分解して見ることだ。そのうえで、利用量が読めないほど伸びている業務があるなら、従量課金のまま抱えるか、買い切りの設備に振り替えるかを比較する。逆に月の請求が驚くほど小さいなら、それは節約できているのではなく、現場が遠慮している兆候かもしれない。そら氏の投稿がブックマーク 453 件を集めたのは、同じ壁に心当たりのある実務者が多かったからだろう。来週の経営会議で問うべきは「AI にいくら使ったか」ではなく、「AI に何回やり直させたか、そして誰がそれを我慢したか」ではないだろうか。
要点まとめ
- リコージャパンが 2026 年 9 月 10 日、RICOH オンプレLLMスターターキットのエッジモデルに、Nous Research 開発のオープンソース AI エージェント Hermes Agent を搭載
- 構成は Dell Pro Max with GB10 + リコー製 LLM + Dify + Hermes Agent のプリインストール。発表主体はリコー本体ではなく販売会社のリコージャパン
- 役割分担は Dify が定型業務、Hermes Agent が個別判断を伴う非定型業務。Hermes Agent は作業手順をスキルとして蓄積する
- オンプレなのでトークン数に応じた従量課金は発生しないが、ハードウェア費・電力・運用の人手と、OSS の保守責任の所在は残る
- 搭載先はラインナップ最小の 1 人からのテスト導入向けエッジモデル。価格と提供規模の詳細は公表されていない
- 経営層の論点は製品選定ではなく、自社の AI 利用が「回数を気にする設計」になっていないかの点検
情報ソース:
・リコーグループ「自己改善型AIエージェント『Hermes Agent』を搭載した『RICOH オンプレLLMスターターキット』エッジモデルを提供開始」(2026 年 9 月 10 日)
・リコーグループ「高セキュリティなオンプレミス環境で生成AI活用できる『RICOH オンプレLLMスターターキット』を新発売」(2025 年 4 月 7 日)
・リコーグループ「リコージャパン、ダイフクに『RICOH オンプレLLMスターターキット』を導入」(2026 年 2 月 16 日)
・AI Watch「リコージャパン、オンプレLLMスターターキットに自己改善型AIエージェント『Hermes Agent』を搭載」(2026 年 9 月 10 日)
・Dell「Dell Pro Max with GB10: Purpose-built for AI Developers」
・Nous Research「Hermes Agent」GitHub リポジトリ
・元投稿:そら氏(@sora_biz)、2026 年 9 月 11 日
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