生成AI導入で「社内ナレッジ検索」を検討している企業の多くが、当然のように採用しているのが RAG(検索拡張生成) とその中核にある ベクトル検索 だ。
ところが、AIコーディング支援の分野では、その”当然”が覆された。
Claude Codeを開発するAnthropicは、ベクトル検索もRAGも使わない設計を公式に採用している。Claude Code責任者のBoris Cherny氏がX(旧Twitter)で「初期のClaude CodeはRAG+ローカルのベクトルDBを使っていた。だがすぐに、エージェント型検索のほうが明らかに優れていることがわかった」と明言した[1]のを皮切りに、この話題はエンジニア界隈で大きく広がった。
AI関連の解説で定評のあるチャエン氏(デジライズ代表)による図解記事[2]をきっかけにSYNCONでも一次ソースを追ったが、経営層にとってここから読み取るべき示唆は技術論を超えている。
本稿では、非エンジニアの意思決定者向けに、この転換が何を意味するのかを3つの論点に絞って整理する。
1. 「ベクトル検索=万能」の時代が終わった
ベクトル検索は、文章や単語を数字の配列(ベクトル)に変換し、意味が近いものを数学的に探し出す技術だ。「犬」で検索しても「ワンちゃん」「ペット」を含む記事が拾える——そんな”意味検索”の実現がRAGの代名詞となり、2024年頃までは社内ナレッジ検索の定番になりつつあった。
しかしAnthropicは、Claude Codeの設計において Just-in-time retrieval(必要なときに取りに行く検索) という方針を公式エンジニアリングブログで明示している[3]。事前にあらゆるデータを埋め込みベクトル化するのではなく、ファイルパスやクエリといった軽量な識別子だけを保持し、必要なデータを実行時に動的に取りに行く。Claude Codeはglob(ファイル名パターン検索)とgrep(本文検索)という、エンジニアが長年使ってきた古典的なツールでこれを実現している。
Boris氏は「シンプルで、セキュリティ・プライバシー・鮮度・信頼性の問題もない」とベクトル検索廃止の理由を挙げた[1]。
2. なぜ”古典的”な方式のほうが精度で勝るのか
直感に反する話だが、事前インデックスを持たない方式のほうが、精度・運用性の両面でベクトル検索を上回るケースがある。Anthropic公式ブログ[3]とBoris氏のPragmatic Engineerインタビュー[4]から整理すると、理由は3点に集約される。
① 完全一致が効く領域が存在する。 コードや社内規程のように「この用語はどこで使われているか」を厳密に特定したい場面では、”意味が近い”検索は致命的なノイズになる。
② インデックスは作った瞬間から陳腐化する。 日々更新されるドキュメントでは、差分同期・再埋め込み・権限管理の運用負担が膨らみ続ける。インデックスを持たない方式なら、常に最新のファイル状態を見る。
③ モデルが賢くなれば検索も勝手に賢くなる。 従来型RAGは埋め込みモデルやリランカーへの継続投資が必要だが、Just-in-time retrieval方式は本体モデルの進化がそのまま検索精度に反映される。
3. 「全部ベクトルで解く」時代から「選び分ける」時代へ
誤解のないように書くが、ベクトル検索が無効になったわけではない。AnthropicもCLAUDE.mdファイルを事前読み込みする「ハイブリッド戦略」を公式ブログで推奨している[3]。ECの類似商品レコメンド、動画の関連コンテンツ表示、抽象的なテーマでの検索など、「似ているものを広く拾いたい」領域では依然としてベクトル検索が強い。
重要なのは、用途ごとに検索アーキテクチャを選び分ける時代に入ったという認識そのものだ。
経営層にとっての実務的な含意はこうなる——「とりあえずRAGでベクトルDBを組みましょう」というベンダー提案を鵜呑みにせず、自社のユースケースで精度と鮮度のどちらが効くのかを問い直す。社内規程検索・契約書検索・医療文書検索など、”正確さと最新性”が命の領域では、事前インデックスを持たないエージェント型検索のほうが適している可能性がある。
Anthropicが公式ドキュメントで繰り返し使う「Just-in-time retrieval」というキーワードは、2026年以降の社内AI設計の判断軸になる。PoC(実証実験)の設計段階で、両方式を比較検証するプロセスを組み込めているか——それが、AI投資の明暗を分ける分水嶺になる。
参考資料
[1] Boris Cherny(Anthropic, Claude Code責任者)X投稿
https://x.com/bcherny/status/2017824286489383315
[2] チャエン氏(デジライズ CEO)「Claude Codeの検索はなぜ正確なのか?ベクトル検索を捨てた本当の理由」
https://x.com/masahirochaen/status/2045730009701400844
[3] Anthropic公式 Engineering Blog「Effective context engineering for AI agents」
https://www.anthropic.com/engineering/effective-context-engineering-for-ai-agents
[4] Pragmatic Engineer「Building Claude Code with Boris Cherny」
https://newsletter.pragmaticengineer.com/p/building-claude-code-with-boris-cherny
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