X で、重要インフラ系のセキュリティ事故対応チーム(CSIRT)でマネージャを務め、元 Microsoft MVP でもある connect24h 氏(@connect24h)の投稿が読まれていた。AI で 3 週間の仕事を 2 時間に縮めたのに感謝されなかったという自身の体験から入り、DeNA が直面している「AI で楽になったのに誰も楽にならない」問題まで一本の線でつないだ投稿だ。最後の一文「では、誰が仕事を捨てるのか」は、経営者に向けられた問いである。SYNCON 編集部で、投稿が引いていた ITmedia の記事と関連する調査まで戻って確かめた。
3 行まとめ
- DeNA は法務の利用規約チェックで工数を 9 割、ライブ配信の審査で 6 割減らした。それでも「人が浮いてこない」と南場智子会長が語っている
- パーソル総合研究所の調査では、生成 AI で浮いた時間の 61.2% が仕事に使われ、その 75.4% は日常業務に戻っていた
- 原因は AI ではなく、どの仕事をやめるかを会社が決めていないこと。浮いた時間の行き先を決めるのは経営の仕事になる
「どうせ AI で作ったんでしょ」の先にある構造
connect24h 氏の投稿が効いていたのは、個人の悔しさで終わらせなかった点にある。氏は、サイバー攻撃の痕跡を調べて原因をまとめる報告書(フォレンジックレポート)を例に挙げた。従来 3 週間かかっていたものを、2 か月かけて調整した自作の AI エージェント基盤で 2 時間で仕上げても、「どうせ AI で作ったんでしょ」と言われて評価につながらないという。
ここで普通なら「評価制度が悪い」と続けたくなる。しかし氏はそこで止まらず、8 時間の仕事を 4 時間にしても早く帰れるのではなく空いた 4 時間に別の仕事が詰め込まれる、という構造の話に切り替えた。そして DeNA のような AI 活用の先頭にいる会社でも同じことが起きていると指摘し、原因を「AI 導入と同時に何をやめるかを決めていないから」と言い切った。個人の体験と大企業の構造を同じ一つの原因に束ねたところが、この投稿の芯である。
工数 9 割減でも「人が浮いてこない」DeNA の一年
投稿が引いていたのは、ITmedia が 2026 年 9 月 18 日に掲載した記事だ。DeNA は 2025 年 2 月に「AI オールイン」を宣言し、約 3000 人の現業を半分の人員で回して残りを新規事業に振り向ける構想を掲げた。南場智子代表取締役会長は講演で、法務の利用規約チェックで 9 割、ライブ配信サービス Pococha の配信審査で 6 割の工数を削ったと語っている。業務フローの作り直しには 1 年かかった。
ところが新規事業への人材シフトは「思ったほど進んでいない」。南場氏の言葉を借りれば「楽になった分、現場は仕事を詰め込む。自ら」である。施策を担う金子俊一氏(グループエグゼクティブ IT本部本部長)は「楽になってサボってくれるなら、成果が出ているので全然ウェルカム。早く帰ってくれ」と社内で言って回ったが、返ってきたのは「楽にはなっていない」という声だった。
浮いた時間の行き先は、資料の精度を上げる、プログラムを書く量を増やす、じっくりレビューする、といった仕事だった。手が空いたので、2 週間に 1 回だった部下との面談を週 1 回にしたマネジャーもいる。どれも無駄ではない。だが金子氏は「人をファイア(解雇)でもしない限り、人件費は減らない」と見る。現場の生産性は上がったのに、経営指標は動かない。この差は時間がたてば埋まる種類のものではない、というのが同氏の見立てだ。
浮いた時間の 6 割は、そのまま仕事に戻る
これは DeNA 固有の現象ではない。同じ記事が引くパーソル総合研究所の「生成 AI とはたらき方に関する実態調査」では、生成 AI を使う人の個々のタスク処理時間は平均 16.7%、週にして 26.4 分短くなっていた。ところが業務時間の総量が減ったと答えた利用者は 25.4% にとどまる。浮いた時間の 61.2% は仕事に使われ、その時間で仕事をすると答えた人の 75.4% が使い道に日常業務を挙げた。
同研究所の田村元樹氏は、週 40 時間という枠が変わらないことを問題の根に置く。既存のタスクを減らした分に新しい業務が上乗せされると、総量は増え、枠からはみ出た分が残業になる。田村氏の整理はこうだ。「AI は時間を生むが、仕事を減らすわけではない。タスクは減らすが、仕事を減らしているわけではない」。個人は自分の仕事を減らす決定ができない。だから会社やマネジャーの側に、仕事を減らす仕組みが要る。
効率化を報告しない社員たち
放っておくと、この構造は社員の側の沈黙として現れる。ITmedia が 2026 年 9 月 14 日に掲載した別の記事では、生成 AI で月 10 時間の業務を減らしたエンタメ系企業の担当者が、その事実を会社に報告していないと語っている。理由は、報告しても仕事が増えるかノウハウの共有を求められるだけで、昇進や昇給につながらないからだという。
IT 管理ソフト会社 Ivanti の 2025 年の調査では、回答者の 52% が「AI の支援を明かすと業務負担がさらに増える可能性がある」と懸念し、32% は実際に AI による生産性向上を雇用主に隠していた。会社が「AI を使え」とだけ言い、浮いた時間の扱いを決めないでいると、社員は効率化そのものを隠す。これは怠慢ではなく、合理的な自衛である。
「議論では勝てない」から、先に人を動かす
では DeNA はどうしているか。南場氏は、社員が浮いた時間で始めた仕事の多くは「やらなくても会社は壊れていなかった」ものだと見ている。しかし現場のほうが業務に詳しいので、一つひとつ説得しようとしても「議論では勝てない」。だから「バサッと先に動かす」。ある程度乱暴なリーダーシップが要る、というのが南場氏の答えだ。
金子氏も、経営が「空いた時間をこう使え」と指示するだけでは効かないと言う。3000 人いれば 3000 人全員が正解を考えられるわけがなく、現場が誇りを持つ業務までやめろと言えば各論反対が起きる。そこで DeNA は、新規事業の領域を経営が先に決め、公募のときに「現業の調整は経営が責任を持つ」と明示する。短期の手伝いは「1 か月だけ」と期限を切って参加の敷居を下げる。段階的に人を移す「滑らかな異動」という言い方をしている。それでも、3000 人の半分を新規事業へという目標は「半分はエイヤ」だと認めている。
SYNCON の視点 — 日本の非エンジニア経営層は何を盗むべきか
connect24h 氏の問い「誰が仕事を捨てるのか」に対する答えは、現場ではなく経営である。理由は簡単で、現場の一人ひとりは自分の仕事を減らす権限を持っていないからだ。AI 導入の成否を「何人が使っているか」で測っている会社は、この点を見落としやすい。使う人が増えれば増えるほど、浮いた時間は次の仕事に吸われていく。測るべきは「AI を入れた結果、やめた業務がいくつあるか」のほうである。
月曜からできることは三つある。第一に、AI で短くなった業務を一つ選び、その浮いた時間の行き先を担当者に聞く。答えが「資料の精度を上げた」なら、DeNA と同じことが起きている。第二に、その部門で「やらなくても会社は壊れない」業務を一つ、経営の判断で止める。現場に選ばせると議論で負けるので、乱暴でも経営が決める。第三に、浮いた時間の使い道を先に決めてから AI を広げる。順番が逆だと、時間は消える。中小企業では一人が複数の役割を兼ねているぶん、空いた時間はもっと速く埋まる。来週の経営会議で問うべきは「AI をどこまで使わせるか」ではなく、「AI で浮いた時間で、うちは何をやめたか」である。
要点まとめ
- connect24h 氏の投稿は、個人の「感謝されない」体験と DeNA の構造問題を「何をやめるかを決めていない」という一つの原因に束ねた
- DeNA は法務の規約チェックで 9 割、Pococha の審査で 6 割の工数を削ったが、人材シフトは「思ったほど進んでいない」
- パーソル総合研究所の調査では、浮いた時間の 61.2% が仕事に使われ、その 75.4% は日常業務に戻る
- Ivanti の調査では 32% が AI による生産性向上を雇用主に隠している。行き先を決めない会社では、社員は効率化を隠す
- DeNA は新規事業の領域を経営が先に決め、現業の調整に経営が責任を持つと明示して人を動かしている
- 経営が測るべきは AI の利用者数ではなく、AI を入れた結果やめた業務の数
情報ソース:
・ITmedia NEWS「経営「AIでラクして早く帰って」→社員「帰らない」 工数最大9割減のDeNAも悩むAI効率化の壁」(2026 年 9 月 18 日)
・ITmedia NEWS「「AIで効率化しても仕事が増えるだけ」──月○時間浮かせても報告しない社員たち 広がる”AI版静かな退職”」(2026 年 9 月 14 日)
・元投稿:connect24h 氏(@connect24h)、2026 年 9 月 18 日
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