【NEW TOOL】1 人しか触れない仕事に AI を当てる — 詰まるのは 3 か所

NEW TOOL

キユーピーが、工場の動きをパソコン上で再現する「シミュレーションモデル」の開発を AI に任せ、1 モデル当たり 8.5 人日かかると見込んでいた作業を 1.8 人日で終えた。削減率は 78.8%。ただし経営側が持ち帰るべきはこの数字ではなく、そこに至るまでに詰まった 3 か所のほうである。同じ構造の業務は、どの会社にも残っている。

何が起きたか

工場シミュレーションは、生産ラインのレイアウトや人の配置を変えたときに何がどう変わるかを、実際に設備を動かす前にパソコン上で試す手法である。キユーピーが使っているのは独シーメンス製の「Tecnomatix Plant Simulation」で、このソフトでモデルを組むには「SimTalk」という専用のプログラミング言語を書く必要がある。

キユーピーは、指示を出すと自分で手順を組み立てて作業を進める AI(自律型 AI エージェント)である Cognition AI の「Devin」を使い、この SimTalk をモデルの設計から検証まで自動で書かせる環境を構築した。環境づくりは DeNA AI Link が伴走支援している。結果として、小規模モデル 1 件について、手作業なら 8.5 人日を要すると想定していた開発を 1.8 人日で完了し、開発工数を 78.8% 削減した。開発初期は不具合の修正を何度も重ねる必要があったが、基盤の整備が進んで精度が上がり、最新の取り組みでは 1 回の作り直しで完了するようになったという。

ここは正確に読んでおきたい。分母の 8.5 人日は実測値ではなく、手作業ならこれくらいかかるはずだという想定値である。取り組み自体も可能性検証(PoC)の段階で、実業務への適用はこれからとされている。つまり 78.8% は「実測どうしの比較」ではない。

なぜ詰まったか — 三つの壁

この案件が参考になるのは、削減率ではなく、そこに至るまでに越えた 3 つの壁が明確に整理されている点にある。

一つめは、言語の壁。SimTalk は使う人が限られる専用言語で、公開された学習データが乏しい。AI は世の中にたくさん書かれている言語ほど上手に扱える。逆に言えば、社内でしか使われていない仕組みほど、AI にそのまま投げても精度が出ない。

二つめは、実行環境の壁。Plant Simulation はマウスとキーボードで画面を操作する前提のソフトで、手元のパソコンの中で動く。ところがクラウド上の AI は、自分が書いたコードを実際に走らせて結果を見ることができない。書いたものが正しいかどうかを自分で確かめられないままでは、精度は上がらない。ここは、クラウドの Devin と、手元のパソコンで動く「Devin CLI」(画面をマウスで操作する代わりに、文字で命令を打ち込む方式)を組み合わせることで解いている。AI が実行結果を見て、自分で直せるようにしたわけである。

三つめは、組織の壁。個人が AI を使いこなすだけでは、ノウハウがその人の中に留まってしまう。属人化を解こうとして、AI を上手に使える担当者という新しい属人化を作っては意味がない。だから知見をパッケージとして残し、誰でも呼び出せる形にする作業が要る。

日本企業への含意

属人化している業務は、たいてい同じ三点セットでできている。専用のソフトがあり、それを動かす専門の言語や独特の操作手順があり、そこに長年の現場の勘が乗っている。生産管理、原価計算、設計、古い基幹システムの帳票まわり。思い当たる業務が一つや二つはあるはずである。

キユーピーが越えた 3 つの壁は、この三点セットにそのまま対応している。専用言語は学習データの壁に、独特の操作手順は実行環境の壁に、現場の勘は組織の壁になる。だから他社の取り組みを見るときは、「何割減ったか」ではなく「どの壁に、どういう手当てをしたか」を読むほうが自社に移しやすい。

手当ての順番にも意味がある。言語の壁と実行環境の壁は、道具立てを整えれば技術で越えられる。一方で組織の壁は、誰がその知見を引き取り、どこに置くかを決める仕事であって、これは技術では解けない。経営側の出番はここにある。

SYNCON の視点 — 削減率より、詰まった場所

78.8% という数字は見栄えがするが、稟議に貼るには弱い。分母が想定値だからである。導入を検討する側がこの数字を持ち出せば、「その 8.5 人日はどこから出てきたのか」と聞かれる。そこで話が止まる。持ち出すべきは数字ではなく、先方が越えた壁の一覧と、自社の業務がそのどれに当たるかという対応表のほうである。

もう一点。この取り組みが最終的に目指しているのは、専門知識のない各工場の担当者が、ふだんの日本語で指示するだけでモデルを作れる状態、いわば工場シミュレーションの民主化だという。開発工数の削減はその途中経過にすぎない。言い換えれば、狙いは「今の担当者を速くすること」ではなく「担当者でなくても触れるようにすること」である。この二つは似ているようで、投資判断としてはまったく別物になる。来週の経営会議で問うべきは、どの業務に AI を入れるかではなく、自社でいま 1 人しか触れない業務を挙げたとき、その三点セットのうち最初に手を付けられるのはどれか、である。

要点まとめ

  • キユーピーが自律型 AI エージェント「Devin」で工場シミュレーションモデルの開発を自動化し、1 モデル 8.5 人日の想定を 1.8 人日で完了、開発工数を 78.8% 削減した
  • ただし 8.5 人日は実測ではなく想定値で、取り組みは可能性検証(PoC)の段階にある
  • 越えた壁は 3 つ。専用言語 SimTalk の学習データが乏しいこと、クラウドの AI が実行結果を確認できないこと、ノウハウが個人に留まること
  • 実行環境の壁は、手元で動く「Devin CLI」を併用して AI 自身に結果を検証させることで解いた
  • 属人化した業務は「専用ソフト + 専門言語 + 現場の勘」の三点セットで、3 つの壁はそれぞれに対応する
  • 技術で越えられるのは前の二つ。ノウハウを誰が引き取るかを決める組織の壁は、経営側の仕事に

情報ソース:
・IoTNEWS「キユーピー、工場シミュレーションモデル開発に自律型AIエージェント「Devin」を導入」(2026 年 8 月 28 日)
・DIGITAL X「キユーピー、工場シミュレーションモデル開発にAIエージェントを使う検証環境を構築」(2026 年 8 月 12 日)
・Innovatopia「キユーピー、Devinで小規模シミュレーションモデルを自動生成|工数78.8%減」(2026 年 8 月)
・@IT「キユーピー、AIで工場シミュレーションモデルの開発工数を8割削減 3つの壁をどう乗り越えた?」(2026 年 9 月 22 日)

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